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ネックレス

ネックレスはアクセサリーの中で最も歴史が古く、最初は動物の骨や牙、貝殻などを、植物を縄状に編んだものに通して首にかけていたといいます。これは装身具という意味よりも、身分を表したり、呪術や豊作を祈願したりするため、使われてきたと言われています。それがネックレスの起源なのです。そのような時代は、今のように女性だけでなく、男性も盛んに用いられていました。

ネックレス(首飾り)は日本でも、古墳時代から用いられており、その頃は、瑪瑙(メノウ)、翡翠(ヒスイ)、水晶、碧玉(へきぎょく、石英の一種)などの宝石が使われていました。しかし、奈良、平安時代になり、服飾史が進むにつれて、宝石類がすっかり影を潜めてしまいましたが、首飾りがネックレスとして再び日本でもてはやされるようになったのは、文明開化とともに、西欧の文物が日本へ入ってくるようになってからのことです。

入ってきたのはよいのですが、模造宝石が使われた時代が長く続き、本物の宝石が使われ出すようになったのは、養殖真珠の発明によって真珠がようやく大量に出回り始めてからでした。したがって、日本では真珠のネックレスが最もポピュラーで、ネックレスといえば真珠を連想してしまうほどです。しかし、価格と豪華さではダイヤモンドを散りばめたものが勝ってますし、エメラルド、ルビー、サファイアなどの宝石を主調としたものも、それぞれのムードを備えていて、魅力があります。

最近では、男性でもネックレスをしている人も見かけますが、個人的な感想としては、ネックレスでも、ネクタイでも首にものを巻きつけるのは苦手です。

今から約4000年前、紀元前2000年ごろの古代エジプトでは、文化が進んでいただけに、宝石にも美しく磨きがかけられ、球形や円筒形に磨き上げられていたそれぞれの宝石に金の縁まではめ込まれていたのもありました。

ギリシャ時代では代表的なネックレスは、色彩の華やかな宝石を連続させて繋ぎ、それに金製のバラの花をペンダントとしてつけたもので、初期の頃に流行していました。ローマ時代には、貴族夫人たちが色合いの豊かな宝石を金枠にたくさんはめ込んだネックレスを用い、一般の女性たちは、金の鎖に金貨やバラの花の形のペンダントをつり下げたものを用いていました。

17世紀になると、あまり芸術性は顧みられず、もっぱら大きくて立派なダイヤモンドをペンダントとして銀にセットしていました。ダイヤモンド以外の色彩が華やかな宝石は、主に金にはめ込まれていました。

18世紀になると、フランスの宝飾技術がヨーロッパをリードし、ロココ風が強く愛されて、花やリボン、渦巻きなどのペンダントに変わりました。当時、ポンパドール風と称された衣服の盛装がはやり、その際にダイヤモンドを幾つも連ねた豪華なネックレスが用いられました。

ビクトリア女王時代になると、肩まであらわになるくらいに衿あきの大変広いドレスが、ヨーロッパの上流階級ではやったため、ネックレスの需要も大幅に増えました。高価な宝石を花形のペンダントの形にして、胸元を飾ることが最高のオシャレだったようです。また、ネックレスは次第に昼間よりも、夜間に使用することに重点が置かれていくようになりました。

しかし、一般の女性たちの間では、金の鎖のものがもてはやされ、それの二重になったものを、ブローチや、フローレンス風の”切りはめ細工”の留め金で長さの調節をして用いたそうです。豪華さでは、さすがに上流夫人のものに及びませんが、なかなか洒落た感じのものでした。
日本の戦時下の女性にとっては、ネックレスなど無縁の存在でした。しかし、敗戦という結末を迎えながらも、戦争が終わると解放感も手伝って、アクセサリーが復活し、経済の飛躍的な成長とともに、今日に見られるようなネックレスの隆盛へとつながっていきました。そして今日に至っているというわけです。

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2016/7/8 更新

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